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2007.01.29

火縄銃から村田銃まで

こんにちは。根岸のねこです。
私の体調不良はまだ続いています。
このままでは会社が動き出してしまいそうなのですが、まだ思うように体が言うことを聞いてくれません。
明日は妻の母の2度目の手術です。
前回より簡単な手術と聞いてますから、無事問題なく終わって欲しいです。

禁煙はうまく行って、今日で1週間たちました。
禁断症状はニコレットというニコチンガムでうまく抑えられています。
この調子で最終的にニコチン0の体を数週間かけて目指していきます。

対糖尿病ダイエットはうまく行っていません。
今週から夕食はカロリー調整クラッカーにします。
そのかわり、朝と昼は栄養バランスに考慮してちゃんと食べます。

日本の「銃」の歴史を少し調べてみました。

戦国後期に種子島に漂着した「銃」という兵器を、日本人はあっという間に自分のものにしていきます。
ねじの加工にちょっと悩んだみたいですが、それもらくらくと乗り越え、戦国大名がおのおの数百丁の「火縄銃」を装備していたというのが、種子島での発見から50年たっていないというのですからすごい現象です。
徳川時代の始まるころには、世界一の「銃」大国になっていたみたいです。

戦国時代の使い方は、主に弓の代用で、「攻撃」の場合は最初の示威行動として使っていたみたいです。
防御の場合は、城に取り付いてくる敵を狙撃することに用いて、城の防御力を著しく向上させたみたいです。

武器の発達としても、戦国時代が終わる時点では、世界の「銃」のトップ技術であり、特に照準装置や射程の延長には力を注いでいたようです。

江戸時代は、武器の進歩が嫌われた時代でした。
特に「銃」に関しては、開発や輸入が凍結され、「鎖国」効果とあいまって世界水準からどんどん遅れていくことになります。
よほど戦国時代の「銃」の導入が印象深かったのでしょう。
乱世を好まなかった「徳川家康」の思いは、武器の凍結という方法で、200年あまりの平和な時代を作ったといえるでしょう。

そのため、江戸時代末期の黒船の登場は、唯一長崎から世界を見ていた江戸の知識人には衝撃であり、当時イギリスを始めとする諸外国のいけにえになっていた中国の姿と日本がダブって見えたのでしょう。
アヘン戦争はその当事者より日本に防衛力の強化の必要性を認識させるものであり、封建制から日本統一国家の必要を説いたのが、幕末の志士たちであったのです。

当然武器のレベルアップは必須で、各藩がこぞって「銃」の新調を始めたのですが、鎖国のせいで知識が不足していて、諸外国は自分たちが使わなくなった古い銃を売りつけたといわれてます。
「ゲベール銃」といわれる銃がそうですが、点火こそ火縄からフリント(火打石)に代わっていましたが、性能的には江戸時代初期の日本の火縄銃に劣るものであったそうです。

一部のオランダ学者を重用した藩では、「ミーネ銃」などを購入しました。
「ゲベール」との違いは、銃身の内側に溝が彫ってあったことで、後に「ライフル」といわれますが、弾が銃身の溝で回転することで、空力的に安定し、「命中精度の向上」や「射程が延びる」などの効果がありました。
第2次長州征伐で、長州藩が幕府軍に勝てたのも、銃の性能のおかげが大きいといわれています。

その後新政府になって明治になると、海外留学などで技術も導入され、有名な「村田銃」の完成配備で欧米の水準に追いつき、改良を重ねたことで「日清戦争」「日露戦争」で敗北せずに済んだといえます。

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コメント

ご自分の体調、お母様の手術
お互いに次々と大変ですが どうにか乗り切りたいですね
ホント大変な星の元に生まれてしまいましたね
これも仕方がない事なのでしょうか? 
出来るなら自分の力で残りの時間を幸多き時間にしたいですね^^
お母様の手術が上手く行きますよう願っています

投稿: 風香 | 2007.01.29 20:28

コメントありがとうございます。

風香さん こんにちは。
妻の母のこと、心配いただいてありがとうございます。
お互い前進したり後退したりですが、ゆっくり気長にいきましょう。
しっかり人生を楽しまないと損ですからね。

投稿: 根岸のねこ | 2007.01.29 22:40

お疲れ様です、そしてお久しぶりです。
お義母の手術がご無事に済むといいな、と陰ながら願っています。
私も年末前から体調が優れず、友達と会う、ということさえ中々できずにいました。
先日からクリニックをかえ、カウンセリングも始まります。

禁煙は2週間目が危険だと聞きました。そこでニコチンが体から切れてしまうのだそうです。

銃が日本に入ってきて変わった事…と思うと、昔は自分の名前を名乗ってから相手と刀勝負に入るのが日本だと聞きました。そして武士としての誇りから平民や女子供には刀を振るわないと。
けれど、宗教や民族争いがある欧米では敵方の兵士だけではなく女子供関係なくすべて根絶やしにする戦い方をしていたと聞いて、考えさせらるものがありました。防衛庁が省になったこともあって、尚更なんとも言えないです。核にしても銃にしても技術があってもあえて使うことをしないでいる。日本であって欲しいです。

投稿: yui-520 | 2007.01.31 21:25

コメントありがとうございます。

yuiさん こんにちは。
手術は無事終了しました。
応援ありがとうございました。
来週に切った組織の検査が終わると、抗がん剤療法が必要かどうかがわかるみたいです。

このごろはみんな調子が悪いみたいです。去年もそうだったかな。
病院が変わると気を使うし、薬もかわるので辛いですが、ちょっとの間の辛抱ですから、無理しないでください。

今のところ、ニコレットへの置き換えが済んだところで、来週くらいから徐々にニコレットを減らしていきます。
そうすると禁断症状もでてくるのかな。

そう名乗りをあげて戦うことから、若干集団戦の様相が見えてくるころですよね。
欧州では昔から根絶やしだったのですか。恐ろしいことです。
戦争が無い時代を徳川家康は実現しました。
彼は武器の凍結や各藩の領地換えなど、知的に長期平和の努力をしました。
今の政治家も、戦争の無い時代を武力で作ることのおろかさを、知って欲しいです。作った武器は使われる可能性に満ちているのですから。

投稿: 根岸のねこ | 2007.02.01 00:23

おはようございます
お母様の手術無事終わりましたか?
快方に向かわれている事願っています。

禁煙、ニコレットですね^^ どういう仕組みになっているのかは分かりませんが徐々に減らして行かれて 最後は0でしたよね(CM)ではニコチンは百害あって一利無しといいますヨネ? 禁煙万歳!上手く行きますように^^

投稿: 風香 | 2007.02.01 07:42

コメントありがとうございます。

風香さん こんにちは。
手術は無事成功でした。
詳しい結果は来週にならないと分からないそうですが、手術で見る限りがんは取りきれたみたいということでした。
心配いただいてありがとうございます。

禁煙の方法は、煙草は完全にやめて、替わりにニコレットというニコチンを含むガムを辛いときに噛みます。1個で煙草2本分(ニコチン2mg)です。
いまは1日6個から9個くらい噛んでいます。(始めて11日目)
もう煙草なしでもあまり辛くありません。
これをこれから4週間くらいかけて、ニコレットを少しずつ減らしていき、最後はなしになる予定です。
がんばります。

投稿: 根岸のねこ | 2007.02.01 19:48

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