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2006.12.29

医療コーディネーター

こんにちは。根岸のねこです。
今日で今年の勤務が終わりました。
去年の12月に復帰して、3月までリハビリ第1段階の不安定な日々を続けました。
4月から事業部内取り纏めの部署に移動になり、不安定ながらも8月くらいまでは順調にいっていました。
8,9月あたりから肩と首の痛み、朝に全身が辛くなるなどの状態を経て、12月まで不安定な時期第2段階が続いています。
年休は使い果たしましたが、まだ4月まで3ヶ月あります。
体の調子を崩さないようにして、なんとか来年も働ければよいなと思っています。

spiritualMさんのブログで、医療コーディネーターなるものが取り上げられています。
この仕事の目指すところは、医師や看護師などの医療技術者が患者に説明する内容を分かりやすく伝えるというものです。
しかも、spiritualMさんは元々医療技術者ではないのですが、病院に雇われる形で、がん患者を専門とする医療コーディネーターの実務を勉強されています。
Googleで「医療コーディネーター」を調べてみたのですが、元看護師の人たちが協会を作ったり、個人的に事業として行われているのが多いみたいです。
今回、「病院が雇用する」という形と、「医療専門家で無い人を育成する」という点に興味を持ちました。

医療コーディネータの仕事を考えるとき、私は3つの仕事に分けられるのではないかと思いました。

1つは医学用語を分かりやすい言葉に置き換えて説明することです。
これは、知識の蓄積を行う方法(例えばコンピュータのデータベース)を作れれば、医療の専門家でなくても可能な業務です。
むしろコミュニケーションが上手な人や、学んだことを分かりやすく書き換えて情報管理することの上手な人が適任であるとも考えられます。

2つ目は、不安な患者さんの相談相手になることです。
精神的に不安定になる患者さんとその家族を支えてあげることも必要でしょう。
これも医療技術者であるかは重要な要素ではなく、患者さんの目線で分からないことや不安なことを聞いてあげて、医師や看護師との話し合いのときに、患者さんの質問が正しく伝わるようにしたり、メモやメールで面談時でなくても医師や看護師への質問を伝達して答えをもらうなどのサポートのできる人であることが重要になります。
ボランティアの経験者や、カウンセリングを得意とする人が適任なのでしょう。

3つ目は患者さんの意思決定の支援をするもので、癌であるならば手術か化学療法かなどの相談に乗ってあげる仕事です。
これは、医療技術者の知識と権威が必要な業務で、おそらくは医師しかできないことであるとも考えられます。
とはいえ医師の勧める治療方法が適当であるかを相談するならば、これを専門とするコーディネーターも必要であります。
経験と知識を保持する看護師を中心に作られた協会がありすでに実施されているようです。

現状での「医療コーディネーター」は3つ目の業務をさしているのが多いようです。
逆に、1つ目と2つ目の重要であるだろう仕事は、医師の説明に任されているようで、十分に行われていないように思えます。
そのことが今回、このブログを見て大きな興味を持った点です。
1つめと2つ目の業務を行える資格制度などが作られて、大きな病院に取り入れられればいいなと思います。
個人的にもこの仕事には興味があるので、今後の展開を見させてもらおうと思っています。

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2006.12.26

そしてきのうこねこが(BlogPet)

きょうこねこはテレビ朝日の城も崩壊しないです。
そしてテレビ朝日の親子へ食事するつもりだった。
そしてテレビ朝日が東に分家したかった。
そしてテレビ朝日と後押しするつもりだった?
そしてきのうこねこが、小説みたいな退院したよ♪
そしてきょうは、勝利したかったみたい。
そして上杉に養女みたいな崩壊した?


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「こねこ」が書きました。

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2006.12.22

真田太平記

こんにちは。根岸のねこです。
妻の母がおとといに無事に退院しました。
来年すぐに検査入院になりますが、とりあえずは一段落です。
おとといは妻と妻の両親がホテルに泊まりたいということだったので、会社が終わった後、私も一緒に泊まりました。
結局、妻の両親はまだルームサービスの食事程度しか食べれないため、私と妻はラウンジでお酒を飲んだりと楽しくさせていただきました。

歴史小説って面白いですよね。
なかでも楽しかったのは「真田太平記」という小説です。作者は「鬼平犯科帳」や「仕掛人・藤枝梅安」(テレビ朝日でドラマ化された必殺シリーズの原作)で有名な池波正太郎です。
単行本で11か12巻だったと思いますが、時代も武田家の滅亡から江戸時代の前半までと長いです。

小説は、有名な真田幸村(当時は真田信繁)の父の真田昌幸の知略と、幸村の兄の信幸、そして幸村の3人を中心に描かれています。

当時の真田家は、武田信玄に仕えて真田の家を興した昌幸の父である幸隆と、昌幸の親子が有名でした。

真田幸隆はあまりこの小説では描かれていませんが、武田信玄の家来として知略を働かせて当時は上杉の力が強かった信州の切り取りに協力し、真田の基盤となる砥石城と領地を得ています。

その子で幸村の父の昌幸は、武田の崩壊後も領地と城を守り、徳川家康の軍1万、北条の軍1万を、本城の上田城と上州の沼田城であわせて5千もない人数で守り抜き、双方の城を守りきるとともに徳川、上杉の両軍に大きな被害を与えた名将として有名です。

その後、関が原の合戦では、徳川の別働隊であった家康の息子の秀忠の軍約4万を2千の兵力と知略で留め置くことで、関が原の合戦に間に合わないように時間稼ぎをしたことが有名で、関が原東軍勝利後に死刑となるところを幸村の兄の信幸の妻の実父の本多忠勝の後押しで死刑を免れ、紀州の九度山に子の幸村とともに家督没収の上、流されています。

結果として負けたとはいえ、真田昌幸の名は、日本中の大名に知られるほど有名であったといえます。

その子の信幸、幸村兄弟ですが、信幸は長男として厳しく育てられ、徳川から家康の養女という名目で、徳川第1位の家来といってもいい本多忠勝の娘を妻として、上州沼田城を本城として分家を開きます。
関が原では東軍である徳川家康につき、その後も2代将軍秀忠に嫌われながらも家を守り、江戸時代が終わるまで真田家を存続させていきます。

幸村は大阪冬の陣に紀州九度山から脱出し、大阪城に入り、冬の陣で唯一の勝利を得て有名になります。
その後、家康は兄の信幸に命じて徳川へつくように交渉しますが、それを断り、大阪夏の陣で果敢に戦って最後を遂げます。

歴史小説であるとともに、女忍者の一生とダブらせて忍者の世界を描き、当時の秀吉、家康などの武将の気持ちを描きつつ、面白い小説に仕上がっています。
何より、有名な真田幸村だけでなく、父昌幸、兄信幸を描くことで、当時の武将の生き残りをかけた壮絶さを描いていると思います。

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2006.12.17

イラク情勢(BlogPet)

きょうこねこは中東まで自衛隊と舵取りも予防しなかったよ。


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「こねこ」が書きました。

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2006.12.15

核ってなに

こんにちは。根岸のねこです。
昨日は体調不良でお休みしてしまいました。
今日の午前中までお休みして、とうとう年休を使い切ってしまいました。
辛いところですが、がんばっていきたいと思います。

北朝鮮の核問題も、6カ国協議開催の見通しが立ったせいか少し一休みの感じです。
そもそも核といいますがどのようなものなのでしょうか。

核というのは核分裂反応や核融合反応を用いた兵器のことです。
ここで言う核は原子核といわれるもので、全ての物質はこの原子核からできています。
学校で習ったと思いますが、一番小さい原子核は水素で、電子1個と陽子1個からできています。
この原子核が集まって分子ができて、それが集まって物質ができているのです。

核分裂爆弾という兵器に使われる核物質は、ウランまたはプルトニュウムという物質です。
どちらも元素表の後ろの方にある重い物質で、水素の250倍以上あります。
このウランやプルトニュウムの内、不安定な放射性同位体と呼ばれるものが爆弾になります。

これらの同位体は、ある一定量が集まると臨界という状態になり、自発的に放射線や熱を発生します。
それは、同位体の中性子が別の同位体にあたり、次々にお互い同士にぶつかって分裂して別の物質になっていきます。このときわずかに失われるエネルギーが、熱や放射線、電磁波などの形で放射されるのです。

しかし自然界には放射性同位体はわずかしか含まれていません。1%にも満たない量です。
これを分離精製して放射性同位体を濃縮します。
これがいまイランで問題になっている濃縮工場です。
アメリカ、イギリスなどのほか、原子力平和利用の日本にも濃縮プラントがあります。

同位体は化学的性質が同じですから、違いは微妙な質量の差だけです。
そこでガスにしてレーザを使って分離したり、遠心分離機を何百台も使ってガスにしたウランを次々回転させて、少しだけ軽いウラン235を分離していきます。

そうして作られた高濃度の放射性同位体は、ある質量が集まると臨界という状態になり、強い放射線を発生し続けるようになります。
核分裂型原子爆弾は、放射性同位体が臨界に達するほど集まらないように、バスケットボールの皮のように中空な形に鋳造します。
この周りに高性能爆弾を貼り付けて、内側に爆発させると皮の部分の同位体がゴルフボールくらいに圧縮され、その間のごく一瞬に核分裂反応が一斉におきて、広島、長崎のような核爆発が起きるわけです。

今の原爆は、これに3重水素を加えて、圧縮される核爆発を利用して、3重水素をヘリウムに換える核融合を加えた2段式爆弾が主流です。
これが水爆というものです。

核爆弾の製造はこうやって書くと簡単そうに思えますが、実際簡単です。
もちろん精密さもノウハウも必要ですが、ある程度、プルトニュウムなら10Kgより多い量があれば、何年も研究している能力のある学者ならば、立体の精密加工のできる旋盤や爆発物などと、旋盤加工技術者数人を従えれば作れる程度のものです。

核を拡散させない政策が取られているのは、北朝鮮やイランが非難されているのは、核物質が国際的にやり取りされた場合の恐ろしさがあるからに他なりません。
核保有国と未保有国の格差はありますが、国際的管理が必要なのは理解できることです。

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2006.12.10

きのう根岸のねこで(BlogPet)

きのう根岸のねこで、設置しなかったよ。


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「こねこ」が書きました。

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2006.12.08

毎日こつこつと

今週は妻の母の手術がありました。
大腸がんの手術でとても心配だったのですが、無事成功でした。
妻ともどもほっとしています。
とはいえ肺にも影があり、落ち着いたら今度はそちらに取り掛かることになりそうです。

私はメーカー系のコンピューターソフトウエアの会社に勤めています。
入社したのは1987年の4月でした。
そのころのパーソナルコンピューターは、やっとパソコン用OSにMS-DOSが主流になりそうだという感じのころでした。もちろんWindowsなんてまだありません。

そのころのパソコンは、メモリーが1Mbyte程度で、そのうちプログラムが動けるメインメモリーは640Kbyteでした。
いまのパソコンは、少ない機種でも512Mbyte、1Gbyteが普通です。約1000倍になっているんです。
もちろん仮想メモリですから、それ以上に拡張しても使えます。

ハードディスクに至っては、20Mbyteくらいの機種が標準だったでしょうか。
今は100Gbyte以上も珍しくないですから、5000倍?くらいでしょうか。
そのころはハードディスクが無くて、フロッピーのみの機種もありました。それだと1Mbyteのメモリーで動作して、1.4Mbyteくらいのフロッピーに格納することしかできなかったのです。

ごちゃごちゃと数字を書きましたが、当時のコンピュータは銀行にある大型の汎用機でも、いまのパソコンに匹敵する処理能力が無かったのです。

それでも何万コードのプログラムを書いて、それを実行していろんな業務のプログラムを作っていたのですから、すごかったなと思います。

今はパソコンの上でいろんなことができるようになりました。
プログラムを組むのでも、当時コマンドと呼ばれた英語の羅列を打ち込むのではなく、マウスでポンポンと操作すれば作れてしまうようです。そんなことないって怒られそうですが。(笑)

当時はプログラムをいかに狭いメモリ上の場所で動かすかに、たくさん気を使っていました。
今のプログラム作りが車を作る大量生産の流れ作業だとすれば、当時は職人による手作りの細工品みたいなものでしょうか。
気を使って時間をかけて作っていたような気がします。予定通りに進むことは稀でした。

今は大量生産ですから決められたとおりに操作していけばプログラムは作れます。
もっとも昔のように予定通りに行かないことが自分の残業や徹夜で解決できなくなっていて、流れ作業のペースを乱してしまうので、よりタイトなスケジュールをこなすことが要求されているようです。
一旦混乱が起こればすぐ赤字になる点では、今の方が厳しいですね。

私がプログラム作りを楽しめたのは最初の3年くらいでしょうか。
その後はSEとして、資料を作ってお客様と日々話をまとめる作業や、機器の導入支援、トラブルの怒られ役、最後は無いお金をどう段取りしていくかで頭を悩ませる毎日ですか。

今は病気中ということで、全体の業績資料を作ったりする仕事ですが、まあどんな仕事も大事ですから。

今はどんな仕事でも大きな時代の流れに乗り遅れないように努力し続けることが大切です。
でもずっと昔、江戸時代の農民の暮らしってどうだったのでしょうか。
自然に逆らわず、災害とかに耐えて、毎日同じことをこつこつやって暮らしを立てていたのでしょう。
流れからちょっと外れてしまっても、腐らずに毎日努力することも大事だなと思うこの頃です。

追伸:ねこのコンピュータ用語
MS-DOS:マイクロソフトが出したディスクを操作する基本プログラム。当時はコマンドといわれる英語の文字列を入れて命令しました。

メインメモリ:プログラムが実際に動作する半導体記憶装置のこと。この量が多ければ高速なプログラム実行ができます。

byte(バイト):1ビット(ONまたはOFFの1つのスイッチ)が8つ集まったもの。0から255までの数字を表せる。
これが1000バイトで1K(キロ)バイト、1000kで1M(メガ)バイト、1000Mで1Gバイト(ギガ)という。

仮想メモリ:メインメモリの不足をハードディスクを用いて補う方法。メインメモリが不足すると一定の大きさのページに分割して、ハードディスクに格納したりメモリに読み出したりして、不足をおぎなう。

ハードディスク:硬い複数の金属円盤に磁性体を付加して情報を記憶する装置。レコードのように針を動かして読み取り書き込みをおこなう。パソコンに内蔵されているものと、パソコンにつないで利用するものがある。

フロッピーディスク:柔らかい金属円盤に磁性体を付加してケースに入れて持ち運べるようにした記憶媒体。現在は3.5インチのものが主流だが、5インチや10インチのものもあった。

汎用機:銀行業務や大きな会社の業務などを処理する規模の大きなコンピューター。Windowsなどを使わず、各メーカーが開発したOS(オペレーションシステム)を搭載する。
連続の動作や大量なデータ処理に強く、メーカーが24時間サポートするため社会的に重要な業務を行うことに向いている。
ただし導入費用が高く、運用のためのコストも大きい。

SE(システムエンジニア):いろんな意味で使われるが、コンピュータの専門化としてお客様の実現したいことを、資料化してお客様に確かめたり、メーカーに問い合わせして分かりやすく説明したりなどをする人のこと。

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2006.12.03

アクセスカウンターが5001に

Niftyのココログがまともに動かない騒動の後、機能追加されたアクセスカウンターを、今年の9月10日から動かしていましたが、やっと5000回を超えました。

ずっと私はアクセス記録を取るのが嫌でした。なにかそれが目的になるのではと思っていました。

でも、今回設置して、たくさんの人に見てもらっていることを知るのもうれしいと思うようになりました。

いつも見ていただける方々に感謝いたします。

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きのうは根岸のねこで学校みたいな病気した(BlogPet)

きのうは根岸のねこで学校みたいな病気した。
ここで根岸のねこと人に順応したいです。


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「こねこ」が書きました。

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